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von 製造日誌 - 0

そしてatprotoと塵についての断想

March 11, 2026

元来、2020年代の風流というものがあるとすれば、何であれそのためのホワイトペーパーを作成するのが相応しいだろう。私もまたvonの開発初期に、そのようなものを何度か試みた。しかし、果たしてこの時代の我々が白書と宣言文、そして希望事項を区別しているのかについて、少し考えてみる必要がある。つまりトースターとは、その道具的事物そのものがいかに知覚されるか、その過程自体がひとつのホワイトペーパーとなるのだ。したがって順序が重要なのである。

0xlet0.dmrg.yokohama/von
Vegetating Openaccess No-man's-land. DMRG standard issue e-Print archive.
https://tangled.org/0xlet0.dmrg.yokohama/von

開発初期に何を宣言しようと、戦場は変化するものであり、当然計画も変わる。これを巡って山中のツァラトゥストラと自らを混同し、初期仕様と最終成果物の差異がいかに破壊的であるかを熱心に演説する者たちもいるが、このような当たり前のことを語るのは、その初期プレゼンテーションを不変の商品に対する先物取引と見なす父性の残滓やこだまのようなものに過ぎない。ボルヘスとトゥルーン人たちの言葉を引用するならば、これは父性であり鏡である。なぜなら反復を増殖させるからだ。変化率が不満であるならば、変化率が意味を持たないx区間を取ればよい。では今、この瞬間のvonについて語ろう。

vonとは何か? vonはアイスランド語で「希望」である。シガー・ロスの楽曲名のひとつでもある。また、遊牧的庭師たち、別の言い方をすればバクテリア考古学者たちのためのアーカイブシステムの名でもある。その言葉が何を意味するのかについて具体的に語ることもできるだろう。ところが今、vonはAT protocol上で駆動している。であれば、このプロジェクトがatprotoをどのように理解しているかについて、まず論じなければならない。

atprotoはネットワーク上のスウォーム戦術の諸様態のひとつであるが、その戦術教範がある程度強制されるという点でモンゴル帝国と似た様相を呈する(stegano)。すなわち、プロジェクトとしてatprotoを捕獲すること自体で互いが強力な分散性を獲得すると同時に、当該プロジェクトもまたatprotoに捕獲され、ある程度予測可能なヒエラルキー、すなわち潜在的樹木構造を得ることになる。数多くのプロトコルがそのような側面を持っているが、atprotoは汎用SNS、つまり何でも可能なソーシャルネットワーク・プロトコルという奇妙なものを志向しているがゆえに、その捕獲能力は驚嘆に値する。なぜならこれは、世界のあらゆるものがソーシャルネットワークによって転用されるということを大胆にも大前提として据え、その上に再転用の線を引く捕食者的行動だからである。

そこにvonが結合された。vonは元来、独立学術出版のための分散アーカイビング・プラットフォームに近い何かを志向していた。そして出版の歴史的意味に多くの比重を置いていたため、可能な限りその硬直的なリチュアルの外観を模写し再転用することを試みた。PDFに対する奇妙な偏向的選好は、このような初期構想の残滓である。

ところで先ほど私は「独立学術出版」、そして「分散アーカイビング・プラットフォーム」と言った。この二つがいかに共存するかについてのアポリアこそが、今日まで持続してきた必須的緊張と、(虚勢を交えて言えば)弁証法的運動の根源であろう。なぜなら独立性というものは、少し目を離せばたちまち原子化された個人、あるいは自己破壊的な狂気へと吸い込まれていく厄介な概念だからである。セルフホスティングと自由ソフトウェア運動の多くの派生的帰結がこの主張を裏付ける。では分散はどうか? これもまた扱いにくいものであり、分散性の諸存在形式のうちどれが全体主義的でどれがそうでないかの基準が明確でないからである。

このような厄介で引っかかる問題を変容させるために発見されたのが、レザ・ネガレスタニの『サイクロノペディア』である。「塵は粒子-になること(0になること)を志向すると同時に湿気に引かれるが(塵の親水性)、これは塵が生じる際に湿気の蒸発と脱水現象が伴うためである。」近年、独立出版という行為は定住国家たちのISBNに後押しされて一種のロマンを獲得したが、それは結局、巨大なるものへの渇望が端緒となり、やがて捕獲される結末を内包している。

それに対し、ネットワークが加速させる個人の極端な原子化は、結局それ自体でひとつの胞子的統一性を獲得し、塵に還る過程となる。(「高濃度の胞子、均一な粒子サイズ、凝集を引き起こさない低静電性、胞子表面の複雑性、これらすべての特性は胞子のエアロゾル化に帰結する。」)これがひとつの巨大な問題として浮上したのは、塵がその現れ方によって恐怖を誘発するからである。恐怖は、自分自身が塵に還るという事実を想起させるがゆえに、ソーシャルネットワークが生み出す原子化されたペルソナたち、そしてLLMの空虚なこだまと自分が変わらないという事実を思い出させることによって発生する。

パルサニは「石油だけが中東の塵を定着させることができる」と宣言する。しかし塵は真の遊牧的存在者である。なぜならそれはたちまち姿を消し、どこへでも移動できる幻影的地盤、一種の偽の国家だからである。

これは、その意図にかかわらず侵食されて塵に還る、原子化された行為者たちを前提とする。「塵はあまりにも熱く焼き固められ、あまりにも脱水されているがゆえに、宇宙的湿気あるいは洪水を渇望する。」ゆえに登場したのがatprotoであり、それは前述の幻影的地盤たちがその偽の国家を投影するために生み出した幻灯機の一種である。

vonの本来の姿はfediverseにより近い。fediverseは幻影的地盤よりも堅固な土地の上の西洋的連邦を追求する。golangで書かれた過去のvonバイナリはIPFSに接続してユーザーのファイルを保存し、そのCIDをテーブルに格納してホスティングする。それは他のすべてのインスタンスが選択的に呼び出すことができる。そしてユーザーが投稿した原本文書(LaTeX、Typst)をPDFに変換するのはアップロードサーバーの役目である。

しかしfediverseもまた、その短期的縮図である過去のvonが直面したジレンマといずれ向き合うことになるだろう。国家主義的レトリックを借用して既存のSNS体制と対決するのか? そのためにはActivityPubインスタンス間の発見可能性の問題を解決し、インデクシングを部分的に一元化する必要があるが、それは事実上atprotoと同じ道を歩むことになる。逆に各インスタンスの発見可能性をある程度犠牲にして閉鎖性を持つローカルコミュニティを構成するならば、それもまたエコーチェンバーの可能性を内包する。fediverseはこれまでこのような選択肢の間の緊張を適切に調整しながら驚くべき発展を遂げてきたが、いつか決断を下さなければならない瞬間が訪れるだろう。飛び散るエアロゾルの連続体となって粒子-になることを志向する塵となるか、存在しない定住国家のイメージを最大限再現するリエナクトメントを維持して人々に擬似-故郷を提供するかである。

この粒子-になることがATmosphereにおいてどのような結果をもたらすかについても、定められた未来は存在しない。個人の粒子-になることを追求するPDSのインストールといった作業は、LLMの存在によってさらに簡便になり、もはや閉鎖的コミュニティに懇願して方法を尋ねる必要もない。

近年の政治的事件によるATmosphere内でのClaude等のLLMに対する積極的な受容は、遊牧帝国の勃興を示唆する。これまでのプロトタイピングの機動性を上回るアシスタントを利用した開発を通じて、あらゆるものを製造した後にそのうちAI slopのみを排除するということは、遊牧帝国の定住国家に対する攻撃方式と驚くほど似ている。遊牧帝国となるか奴隷となるかは、自らの言語モデルをどれだけ訓練し運用するか、すなわちパルサニの言葉を借りれば、宇宙の湿気への渇望をどの方向に表面化させるかにかかっているだろう。

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昴
3w

ok so my LLM box is now ready to be run from 100% solar power

a framework desktop running from an anker solix c2000

the current use says 41W because it's booting right now, at idle it's about 15-20W and during active inference it's about 190W

ゆえにvonもまた、一時的国家たちの幻影、すなわちハイパースティション的ジャーナルと学会の創発を誘導することをその目標とすることになる。standard.siteのレキシコンをサポートすると同時に、原本ファイルをすべてIPFSでホスティングすること。TAPウェブソケット上を流れるレコードを吸収しながら、インスタンス間で互いのIPFS CIDをピニングし合うこと。その文書のビューアさえもIPFS上でさまざまなWASM HTMLの形であちこちを漂うこと。これは本当に何かが存在する固定された場所、すなわち多くの父性的権威を安心させる統合ポータルの存在を消し去ることである。すべては揺れ動き散り続け、滲み出る意外性の石油の周囲にまとわりつき、再び散ることを繰り返す。重要なのは、そのリズムにどれだけ同期するかである。

BwO(器官なき身体) は地中で腐りながら夢を見る石油である。汲み上げられる瞬間に世界とともに燃焼し、汲み上げられることを渇望している。

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